~バスケ少年が英語を話せるようになるまで~

インターン生ブログ開始します!Daiki編

geralt / Pixabay

みなさん、はじめまして。12月21日からインターンとしてOEHに加わったダイキです。

現在、中京大学スポーツ科学部の4回生ですが、大学生活自体は6年目です。単位を取れなくて2回も留年したとんでもない奴と思われる方もいるかもしれませんが、そうではなく大学3,4年目に2年間休学をしていました。(2年休学をする人も稀ですが、、笑)休学期間中は、「フィジー留学」「ワーキングホリデイ」「海外インターン」をして、「バスケしかしてこなかった奴が英語を話せるようになるまで」というストーリーが出来上がっちゃいました。

三か月間ほどの滞在ですがOEHでは、そのストーリーの中で僕が感じたことや経験したことから英語学習に励む方や留学を考えている人に対して何か「小さいけど価値のある話やこと」を通して、OEHに住む皆さんがそれぞれの目標を達成できる環境づくりに力を注いでいきたいと思います。

Who is this guy?

早速ですが本日は、なるべく早くみなさんとの距離を縮めるために、まずは自分のことを知ってもらおうと自己紹介プレゼンをさせていただきました。急な呼びかけにも関わらず集まってくれた、ゆうき、ななちゃん、あさみさん、Felics、Hinaに感謝です。

ななちゃんからは
「留学や英語学習に関連したことが多かったから他の人を聞きたいと思うからまたやって下さい。」
ゆうきからは
「僕も英語でもアドリブでプレゼンできるように頑張りたいです。」

といったポジティブなコメントがもらえて最高に嬉しかったです。

「留学」「英語」「海外」「インターン」「ワーホリ」

をキーワードに情報発信していこうと思うのですが、まずは、僕の大学生活を中心に自己紹介とOEHでの抱負を書いていきたいと思います。

抱負=Ambition

バスケ少年がどのように英語・海外に興味を持ち、どのような経緯で休学をして日本を飛び出したか。そしてどのような過ごし方をしたかということ5分ほどで読める量にまとめてみました。

小学校~大学1年はバスケ三昧

「3度の飯よりバスケ」と思うほどにバスケが大好きで、朝から晩までバスケという日は週に3,4日という生活を10年間ほどしていました。そんなバスケとの出逢いは、小学校の時のクラブ活動でバスケ部を選んだことでした。当時は特にバスケが好きなわけではなく、「数ある中から選ばなければならないならバスケかな」といった気持ちでバスケを選んだのですが、バスケをする度にその魅力に引き込まれていき、クラブの時間以外もどこかでボールをついていました。「好きこそ物の上手なれ」という言葉通り、中学の時は12人の愛知県選抜選手に選ばれる、高校時にはIH出場を逃すものの、東海大会出場、という成績を残しました。大学進学を考える際にも中心にあったものは、やはりバスケであり、東海地方で常に上位にいる大学に進学をしました。強豪チームということもあり、1年を通しての公式戦出場タイムは5分ほどしかありませんでしたが、腐らずにコツコツと必要なものを積み上げていました。ですが、その年の終わりに大きな怪我をしたことをきっかけに少しバスケと距離ができ、真剣に自分の大学生活や人生を考えるようになり、最終的に出した答えはバスケ部を辞めることでした。今まですべてを注いできたものを辞めると決断をした背景には、「社会にでてもバスケ以外何もできないのではないかという不安」と「たった一度の人生、もっと色んなことを経験したいという希望」でした。

第21回都道府県対抗ジュニアバスケットボール大会 愛知県代表

大学2年 ~新たな出会い~

もっと色んなことを経験したいという気持ちはあったものの、具体的に何をしたいかということは実際のところなく、大学2年の最初の1ヵ月間は何もすることなく無駄にしてしまいました。そこで気付いたのが今までは「与えられたものを全力でやる」という風に生きてきた、ということでした。バスケに関しても、練習に行けばメニューがあり、その中で考えて効率よく上手くなる方法を考えることはあっても、何を練習するかというのはあまり考えたことがありませんでした。そこで出会った言葉が「自分の人生は自分で作っていくもの」。当たり前と思われる方もいるかもしれませんが、新しいことに挑戦したいと思いつつもなかなか殻を破れなかった当時の僕にとっては、とても価値ある言葉でした。その言葉に出会ってからは、自分の新しいことや興味があることはどんなに小さなことからでも不安はあるものの挑戦できるようになりました。その中でも、大学の国際交流プログラムのひとつとしてあった「留学生と長野旅行」に参加したことは間違えなく人生のターニングポイントでした。というのも、この旅行に参加する前は英語にも海外にも全く興味がなく、この旅行が無料だったから参加したのですが、旅行が終わるころには留学をしようと決心した状態で家に帰ったことを覚えています。何がそうさせたかというと彼らの在り方でした。良くも悪くも感情表現が豊かな人が多く、僕の目には、人生を、そしてその瞬間を何倍も楽しんでいるように感じ、その自分の気持ちを素直に表現する彼らの在り方に憧れを持ちました。その結果、彼らがなんでそのような在り方でいれるのか、人生で何を大事にしているのか、ということを知りたいと強く思いましたが、その当時の僕の英語力はTOEIC350点で、会話となれば自己紹介をするのが精一杯のレベルでしたので何も聞けませんでした。それが悔しく、英語を学ぼうと決意をして家に帰りました。

~フィジー留学・ワーキングホリデーin AUS~ 休学1年目

経済的にベストな留学は、奨学金もらいながら大学の交換留学などをすることですが、僕の場合はTOEIC350点という壊滅的な英語力でしたので、奨学金をもらうということはまず不可能でした。そこで大学に頼らない、私費留学という方法をとるしかありませんでした。そこで1年の休学をすることにし、どうせ1年休学するのであればなるべく長く海外にいたいと思い、自分の「英語力」と「使えるお金」と相談しながら情報収集をしました。そこで「フィジー留学からオーストラリアでワーキングホリデー」という計画を立てました。格安留学といえばフィリピン留学が有名ですが、フィジー留学もアメリカやイギリス留学に比べると約1/3の費用でできます。フィジーは常夏の南太平洋諸国の主要国であり、公用語は英語です。またワーキングホリデーが出来るオーストラリアから3時間ほどのフライトでいける場所です。そのため、留学で英語を集中的に伸ばし、その後、海外で0から生活を始めてみたいと思っていた僕にとってはベストな国でした。4ヵ月のフィジー留学(Free Birdという語学学校)では飛躍的に英語力は伸びたとは言えませんでしたが、英語でコミュケーションを取ること抵抗はほぼ皆無になり、文法的な間違いはあるものの、生活する上での最低限の意思疎通はできるようになりました。

その後のオーストラリアでのワーキングホリデーでは、5か月ほどケアンズの近くの小さな町のバナナ農場で働き、シドニーでクリスマス・年末年始を含め1ヵ月ほど遊びつくしました。その後、1年の集大成として「バスケ」「英語」「フィジー」をキーワードに何かやりたいなと考えていところ、「フィジーでバスケ交流会」をやってみようというアイディアが浮かびすぐにフィジーに戻りました。コートを押さえるところから集客まで走り回り、僕が通っていた学校と現地の人の交流の場として実施したこの交流会は50人ほどの参加者と彼らの笑顔で大成功に終わりました。

ではでは、今回はこの辺りまでとさせていただきますが、「僕が海外に出るまで」と「海外で何をしたか」ということがなんとなく分かっていただけたら幸いです。次回は予想外の休学二年目から復学後、そしてOEHでの抱負について書いていきますので、インスタやFacebookに注ぐ5分を使って読んでくださったらハッピーです。

続編

みなさん、こんにちは。クリスマスは、OEHのみんなと楽しく過ごすことができ、寂しさは微塵も感じなかったインターンのダイキです。

今回は前回のブログに引き続き、くどいかもしれませんが僕の自己紹介をしていきたいと思います。

まさかの休学2年目 ~フィジーでのインターン~

休学1年目の集大成として、「バスケ交流会in Fiji」をやってみたのですが、もちろんその際に集客ということもしなければなりませんでした。僕が通っていた学校(Free Bird)と現地の人の交流の場として考えていたのですが、その学校の方から、Ba Pro(Ba Provincial Free Bird Institute)というその学校の姉妹校で日本人高校生を約100人受け入れている現地の高校があるから、そこでも宣伝してみたらということを提案していただきました。その数日後にその高校を訪れて宣伝をさせていただいたのですが、その際に心の中で、もう少しここの学生と関わってみたいなという気持ちが芽生えました。その宣伝の後に、マネージャーさんとお話する機会があり、宣伝の際に芽生えた気持ちを伝えると「Ba Proでインターンしてみたらええんちゃう」というびっくり仰天の提案をしていただきました。そして僕の答えは自分でもびっくりですが「是非お願いします!!」と言ってしまいました。その方とお話をする前は、「来月から復学して何をしようかな?」という気持ちだったのですが、お話が終わるころには「もう1年休学をする。」という決断に変わっていました。僕自信を驚きの決断ですが、そこには「英語を使って業務をしたい」「フィジーが好き」「そこの学生と関わりたい」という強い気持ちがあったからこその勢いのある決断だったと思います。インターンの内容は、100人の学生の出席管理、病院や警察への同行、ブログ更新などでした。11ヵ月の海外インターン生活は楽しいことよりもつらいことばかりでしたが、それまでの22年間で成長度が1番高い1年になりました。以下二つのリンクは当時僕が書いていたブログの一部です。是非みなさんに読んで欲しい記事二つを選びましたのでお時間が許す方は!!

復学後 ~休学の経験を形に~

2年間の休学生活が終わり、大学に復学するときに強く思っていたことは、この2年で経験したことをしっかりとした目に見える形に残したいということでした。その思いに従い、「英語力向上」「異文化コミュニケーションの学習と実践」「異文化体験の促進」をキーワードとして様々なことに挑戦していますが、その中でもこの2つは最高にうれしかったということをここでは書いていきます。1つ目は、愛知日米協会が愛知県の学生を対象として主催した「学生英語スピーチコンテスト」で優勝できことです。

2年の海外生活を通してスピーキングには比較的自信があったのですが本気で「英語を話せます」とはいえる程の自信はありませんでした。そのため、その中途半端な自信をしっかりとした自信に変えるために参加したのですが、見事優勝という結果を得ることができ、「英語を話せる」というしっかりとした自信を作り上げることが出来ました。その後、その成績を評価していただき、名古屋で行われた米国独立記念日祝賀会で司会も務めさせていただきました。2つ目は、地元である津島市の創業者育成支援を活用して、合計10日間という短い期間ですが、留学生などと英語のオーダーから英会話ができるカフェを出店したことです。日本の中で英語環境を作ることはどこにいっても難しいといわれますが、僕の地元も例外ではなく、日常的に英語を話す場ができたらなと復学後思っていました。そんなとき、たまたま市の創業者育成支援を利用して店を持つ経験ができるプロジェクトを発見しました。経済的な面は市が大幅に負担してくれるプロジェクトだったので、この際、自分で英語を話せる環境を地元に作ってみようと思い、周りの留学生やワーキングホリデーで日本に来ている友達に声をかけ、彼らとしてもそんな形で日本人と関われるなんて最高だということで快く申し受け入れてくれました。結果として本当に多くの人に足を運んでいただいただけではなく、「英語に対してあまり自信がないけれど、伝えようと思えば案外伝わるもんだね!」と英語を話すことへの抵抗が低くなったというお客さんの気持ちの変化を生めたことが何より嬉しかったです。

OEHインターンシップでの抱負

OEHでインターンとしてお世話になろうと決めた最大の理由は、6年間の大学生活の集大成として、今までの経験や感じたことを価値あるものとしてアウトプットしたかったからです。素晴らしい経験をするということはとても大事なことだと思いますが、「経験をしただけでは、対して価値のあることではない」のではないかと今年1年ずっと考えていました。そこで僕が行きついた答えは、「どんな経験でも、それが活かされなければ意味のないものになる。だが、その経験が誰かや何かに活かされれば大きな価値を持つ」ということでした。そこで大学6年間での経験、特に休学中・後の経験を活かして、留学や英語力向上を考えているOEHの皆さんのそれぞれの目標達成を「皆さんの目標達成=僕の大学生活の集大成」という方程式の元、サポートさせていただきますのでよろしくお願いします。

以上、2回にまたがり自己紹介をさせていただいた小谷大貴でした。今後、「留学」「英語」「海外」「インターン」「ワーホリ」「OEH」などをキーワードに情報発信していきますので、ちょくちょくぐらいでも結構ですので読んで下さったら嬉しいです!

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